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パパ、今何処を舞ってるの・・・  投稿者:もえ 投稿日:2009/02/26(Thu) 12:48 No.119


眠れぬままに真夜中に・・・
虚ろな瞳で遠くの灯りを見つめている・・・
悲しそうな私の顔が窓ガラスにうつる・・・

心電図のモニタ-の数字が0になる・・・
私は叫んだ「お願いもう一度深呼吸して」と
その時奇跡が起きて・・・
小さく深呼吸して私の掌に乗せていたパパの指が
少しずつ動いて握り締めてきました・・・
「命の灯が消えても離れなかったのです」
私の思いが伝わって嬉し涙がとめどなく溢れて・・・

「パパ、今何処を舞ってるの・・・」
パパは雲に乗って西のお空へ昇って逝ったのかしら・・・
沢山のチュ−ブを外されて、もう苦しい思いをしなくて
本当によかったね、
  ひろ〜い空の上で楽しんでいるかしら・・・
今日もお気に入りのリュックを背負って出掛けたのかしら・・・
また、何時ものように一杯買ってくるのかしら・・・
 パパは夕日を見るのが大好きだったね
綺麗な夕日に出会ったら、パパの笑顔を思い出すね。
「私のことは心配しなくて大丈夫よ、ありがとうね・・・パパ」
   天国へ旅立った最愛のパパ「夫」へ・・・





Re: パパ、今何処を舞ってるの・・・   - 2009/02/27(Fri) 12:01 No.120

ごぶさたしている内に、ご不幸が訪れたのですね。
謹んでご冥福をお祈り申しあげます。
最初があって終わりが来る、終わりが来るとまた新しい命が生まれる、
たいへん悲しいことですが、大きな変化と受けとめて元気を取り戻していただきたいと願っています。ご主人は、きっと遠くからもえさんを見守ってくださっていると思います。




Re: パパ、今何処を舞ってるの・・・  skm - 2009/03/02(Mon) 21:56 No.121   HomePage

もえ様
このたびは、誠にお寂しゅうございますでしょう。
最愛のご主人様の悲しいエッセイにお慰めの言葉も
ございません。
心よりお悔やみ申し上げます。
どうぞお体ご自愛くださいませ。

計り知れないお悲しみを花に変えさせてくださいね。





Re: パパ、今何処を舞ってるの・・・  もえ - 2009/03/02(Mon) 22:03 No.122

幸兵衛さま

お久し振りでございます。
お優しいお言葉ありがとうございます。

今日の東京地方は快晴で、素敵な夕日に出会いました。
夫も、ほほ笑んでいることでしょうね・・・

こころ花「タイツリソウ」です。





Re: パパ、今何処を舞ってるの・・・  もえ - 2009/03/02(Mon) 22:11 No.123

skmさん こんばんは。

心に響くお優しいメッセ−ジに胸が一杯です。
本当にありがとうございました。
「お花もありがとうね」


地震と空襲  投稿者:みきお 投稿日:2008/08/10(Sun) 08:24 No.118


     地震と空襲
  昭和十九年十二月七日午後一時三十五分頃、東南海地震が発生した。
 名古屋南部工業地帯は、埋立地を造成した土地の上に工場が建設されていたので被害は大きかった。私の勤めていた三菱大江工場でも日清紡から接収した古いレンガ造りと、新しく急造された木造組立工場の大部分が倒壊した。被害は公表されなかったが、女子挺身隊の人達にも大勢の死者が出た。壊れなかった鉄骨工場でも、地盤が軟弱なため振動が大きく、組立中の飛行機は全部ガタガタになってしまった。 

 地震に続いて十二月十三日午後一時半頃、名古屋に始めての空襲警報が発令された。新開発されたばかりの米軍爆撃機『スーパーフォートレス(超空の要塞)』と呼ばれたボーイングB29八十機による名古屋空襲が始まった。これを迎え撃つ我が方の戦闘機は無きに等しく、しかも性能、装備ともに劣悪であった。高射砲の射程高度も8000メートルそこそこで到底勝負にならなかった。

 それにも関わらず、当時の日本人は軍部によって徹底的に洗脳されていた。陽気に
『♪天皇陛下のためならばあ なんで命が惜しかろう・・・』などと声高らかに歌っていたのだ。数年前、世間を騒がせたオームの信者以上にマインドコントロールされていたのだから情けない。新聞、ラジオは厳しい検閲制度により、情報操作されていたので、国民の大多数が『神の国、日本が負ける』などとは夢にも思っていなかった。

 B29の爆撃は正確であった。始めて来襲した名古屋で、飛行機のエンジンを作っていた三菱大曽根工場を、しかも一万メートルの上空から確実に空襲した。この日、私達の設計課では退避命令は出なかった。遠くでドッドッー、ドカッ、ドカッーと、花火を打ち上げるような音が断続的に続いた。気がかりであったが、軍部より派遣された監督将校の手前、窓の外を見る訳にはいかず辛抱していた。しかし、恐怖感は全くなかった。

 続いて二回目が十二月十八日、昼の休憩時間の終り頃、またも空襲警報のサイレンが鳴り響いた。結局この日、私のいた飛行機の組立工場である三菱大江工場が狙われた。今になって思えば、発動機工場の次は組立て工場が狙われるのは至極当然の常識であるが、負けることを知らない監督将校も、課長も、誰もが「まさか自分の所が爆撃されよう」とは思いもよらなかった。もちろん空襲の体験など皆無だったから『知らぬが仏』で、怖さを知なかった。防空壕と、二階から緊急待避用の滑り台は設置されていたが、防空演習も待避訓練など一度も行われなかった。 

 今回は黙認されて、皆二階の窓から首を出して、空を見上げていたが何も見えなかった。やや時間がたった時、誰かが「敵機だっ、タイヒ、タイヒー」と叫んで走り出したので、皆急いで窓の横の滑り台を滑って降りた。防空壕へ飛び込んでガヤガヤ話していたら、突然ドッドッー、バリッ バリッと、ものすごく大きな音が続いた。
 やがて音が止んで静かになったので、外へ出て見て驚いた。一瞬我が目を疑った。
「何たることだ」隣の機械工場の外壁のスレートが全部吹き飛んでしまって、中の大型プレスが丸見えである。爆弾が落ちたのだと気づくのに少し時間がかかった。

 この日、防空壕で死んだ者は一人も無かったが、数ある現場工場の中には、油断もあったし、戦争を知らない監督将校が待避を許さなかったこともあって、大勢の死傷者が出た。(来襲機数七十三機)

 十二月二十二日、三回目の空襲警報が発令された。この日は三菱大曽根工場と春日井の鳥居松陸軍工廠が空襲された。(工廠とは軍部直営の兵器工場)

 年が明けて、昭和二十年一月三日、四回目の空襲では、B29七十八機によって一般住宅を目標として、焼夷弾(火災発生を目的にした、二キロ位の粘着性油脂の火の塊)による無差別空襲が行われた。この時、私の従姉は名大付属病院で看護婦として勤務していた。当時近くの鶴舞公園に高射砲陣地があって、その陣地から発射された砲弾の破片が、運悪く頭部に当たって重傷を負い、翌四日に花の命は蕾のまま、はかなくも昇天していった。 さきの東南海地震に追打ちをかけるがごとく、一月十三日午前三時半頃、三河大地震が発生した。西三河地区では倒壊建物も多く被害は甚大であった。死者だけでも二千百人余と戦後になって発表された。一番の悲劇は名古屋から集団学童疎開で西尾地区に来ていた児童達であった。疎開先のお寺が倒壊したために、その下敷きになって多くの幼い生命が失われた。「親は死んでも子の命だけは」と、願った親心が不運にも裏目に出てしまった。彼らも陰の戦争犠牲者であった。

 一月十四日午後二時半頃、空襲警報が発令されて間もなく、退避命令が出た。急いで防空壕へ飛び込んだ。今回は誰も声はなく、息すらもひそめていた。遠く低く「ウッ、ウー」と、猛獣の呻くような爆音だけが不気味に近づく。刻々と迫り来る地獄からの使者。その魔の手から逃れる術はなく、ただひたすらに祈るのみであった。長いように感じた時がたって、ついに来た。ヒュッ ヒュッ、ドカッ ドカッーと轟音が続いた。「生きた心地がしない」と、言う言葉があるが、あの時の気持ちがそれであったのだろうか。怖いと言う気持ちを通り越して、ただ放心状態であった。

 暫くして静けさが戻って来た。ゴソゴソと壕から這い出して二階の事務所を見た。「ヤラレタ」と直感した。外壁と屋根の大部分が吹き飛んでしまって、机、ロッカー、図面等、すべてがグチャグチャでコンクリートのカケラや土砂をかぶって瓦礫の山と化していた。小型爆弾が二階の床で爆発したことが分かった。もしも、これが南へ五メートルもずれて落下していたら、防空壕へ直撃となって命はなかった。先刻の祈りが神に通じたのだ。「ありがたい」と思った。今もこの幸運を神に感謝している。

 この日の空襲で、三菱の飛行機生産は事実上ストップした。その時すでに、東京空襲で中島飛行機の本社工場は壊滅されていたので、日本の飛行機生産の大部分は生産不能となった。来襲機数六十二機であった。

 残るは、果てしなく広がる絶望感のみ。
 ふと「これで、どうして戦争に勝てるのだろうか」と素朴な疑問が湧いたが、声に出して言おうものなら、即、憲兵に連行されるコワイ時代であった。因みに当時の三菱大江工場には、憲兵隊詰所が二か所あって、鬼と恐れられた憲兵が七,八名ずつ常駐していた。

  くちなしの 花咲く夕べ 静かなり
       やめよたたかい 敵もみかたも
   【元甘木女子挺身隊員 寺西マリ子 昭和二十年七月三日 日記より】

                                


趣味的に株式投資  投稿者:みきお 投稿日:2008/04/26(Sat) 08:32 No.117

『株』と言うと、世間一般では「コワイ」と拒否反応を示す人が多い。その反面においては「やってみたい」と好奇心を抱く人もかなり多いようだ。かつて私はこれに生き甲斐を感じ積極的に対応した時期もあったが、最近では主治医から『パソコンは眼の毒』と言われるので、趣味的に軽くゲーム感覚で楽しんでいる。

市場経済では好景気と不景気が一定サイクルで循環するのは至極当然な常識である。その一般景気に先行して証券市場では、上昇相場と下降相場が循環して繰り返すのが相場の宿命であり絶対的な習性である。この習性さへ信じる事ができれば株式相場なんて簡単なものである。

数年前、将棋界の加藤名人がテレビで「兄貴はバカだから大学へ行った」と冗談まじりに話された時に「なるほど」と納得して聞いた事があった。社会的な地位さえ望まなければ、大学進学などする必要は無く、受験勉強に要するだけの努力を『株式相場の研究』に振り替えれば、会社勤めの苦労などしなくとも、遙かに気楽な生活が出来る。多くの投資家が株式投資には専門的で高度な経済知識が必要だと勘違いされているのが失敗の原因かと思う。

成功の基本原則は徹底的なチャート(株価グラフ)による波動研究だけである。教科書は投資レーダー社が毎年12月に、年1回発行する『週足10年』というチャートブック一冊だけで足りる。株価の高値圏、安値圏を表示する『ストキャスティクス』PBR、PER、オマケに過去30年間の,年足が併記されているので、相場を大局的に判断する事ができる。これを毎日一時間でも二時間でも飽きること無く見続ける事ができれば合格可能だ。徹夜勉強なんて全く必要ない。要するに『カイ場、ウリ場』の判断となる基準法則を自分なりに確立する事が肝要だと思う。ちなみに私は複雑な一目均衡表は全く無視して、我流に高値抵抗線、安値抵抗線を引いて、これを重視している。尚銘柄選択に関してはPBR、PERの低い割安株から選択する事を基本原則としている。

やがて国家財政が破綻すればインフレは必至。ゼロ金利の時代に銀行預金で眠らせて置くのは芸が無さ過ぎる。やがて『お宝株』に化けそうな『掘出し株』の発掘にヒマをつぶしている。株友達とのメール交信も忙しくて、おかげでボケ予防効果もあり、好きな事を楽しみながら、日が過ごせる幸せを感謝している。



掌にのる優しさに・・・  投稿者: もえ 投稿日:2008/03/21(Fri) 01:59 No.114

皆様 こんばんは。

絵手紙の
掌にのる
優しさに
うれし涙が
頬をぬらして

友人から何時も絵手紙が届きます。
一枚の小さな紙の中に・・・
いつも、友人の優しさを感じています。





Re: 掌にのる優しさに・・・  skm - 2008/03/26(Wed) 19:40 No.115   HomePage

いい友人をお持ちですね。
もえ様の温かい人柄を感じさせて
いただきました。




Re: 掌にのる優しさに・・・  もえ - 2008/03/27(Thu) 01:02 No.116

skmさん、こんばんは〜。
何時もお優しいレスを書いて頂きまして
有難うございます。

貴女のHPを何時も拝見しています。
沢山のお友達に愛されていらっしゃる
skmさんはお幸せですね(^_-)☆


美しい詩画展  投稿者:もえ 投稿日:2008/03/08(Sat) 01:44 No.111

東京国際フォ−ラム、あいだみつを美術館で・・・
星野富広の詩画展を観て来ました・・・
心の中の闇と哀しさ美しさに心が痛みました。
 私と友人のために2枚の絵葉書を買いました。

きよらかな
詩画展魅入る
我がこころ
命儚い
友と重なる






Re: 美しい詩画展  skm - 2008/03/10(Mon) 23:01 No.112   HomePage

こんばんは!
星野富広さんの詩画集、大変見事な絵画と素晴らしい詩。
とても優しい言葉で語りかけられ心に美しく響きますね。

もえ様の短歌も実感がこもっており、本当に素直な気持ちが
伝わってくるようです。
今夜も優しい感動をどうも有難うございました。




Re: 美しい詩画展  ちえ - 2008/03/12(Wed) 16:12 No.113

もえさん、こんには・・・ちえです。
初めての投稿です。
美しい詩画ですね(^0^)



白い妖精(雪)  投稿者: 投稿日:2008/01/31(Thu) 23:29 No.109

今年初めて白い妖精「雪」を、みました。

舞い降りた
白い妖精
掌に
のせてこぼれる
夢のひととき

もえ





Re: 白い妖精(雪)  skm - 2008/02/07(Thu) 18:44 No.110   HomePage

もえ様
素敵なエッセイ、雪を白い妖精と表現される
素晴らしい感性に画像と共に楽しませて
いただきました。どうも有難うございました。


眠れぬままに・・・  投稿者:もえ 投稿日:2007/12/18(Tue) 04:35 No.106

このペ−ジのお部屋を久し振りにノックしました。
 眠れぬままに 真夜中に・・・こんばんは〜。
lcoの皆様お元気ですか・・・

5月頃から毎月新幹線に乗っています。
 ある会で「何時、命の糸が切れてしまうか解らない」
という人との不思議な出逢いをしました。
脳梗塞、心筋梗塞にかかって、何処もかも詰まって
いるそうです。 でもとっても元気で嘘みたいで・・・
お口の周りに食べたものが付いても、感じなくて、
その時に始めて大変さが解りました。
 もう3人のネットフレンドさんを不治の病で亡くして・・・
「神様は何故私のところへ」と何度も悲しみました。
今、お元気な友人が倒れたらと思うと苦しくなります。
 そんな思いの時に・・・
夫の血糖値が突然高くなって・・・入院しました。
この一年に内科2ヶ月整形外科2ヶ月も入院していたのに
 何時かは再発の恐れも「整形外科の」あるのですが・・・
血糖値のことは、どこからの原因かはまだ解らずです。
「そんな夫も元気です」

故里の名古屋に沢山のシニアの友人が出来て、毎月の
小さな旅を愉しんでいるのですが・・・
 ぼ〜とした頭と不安定な心でとりとめもなくてごめんなさい。
画像は・・・夏の日の嬉しかった思い出を・・・
”枯葉舞う髪に絡んだ一枚をそっと摘んでほほ笑むあなた”






Re: 眠れぬままに・・・   - 2007/12/22(Sat) 22:29 No.107   HomePage

もえ様 こんばんは!
今年もあと、わずかとなり何かと気忙しいこの頃ですね。

素晴らしいエッセイを読ませていただきました。
本当に優しさ溢れるお気持ちが文章になって心から
感動しました。

その後、ご主人様の体調は、いかがでしょうか。
血糖値が突然高くなる原因が究明できたら治療の方法も
あることでしょうにね。
どうぞお気よ付けてあげてくださいませね。

段々寒くなってきますが、風邪など引かれませんよう、
どうぞお体ご自愛くださいね。




Re: 眠れぬままに・・・   - 2007/12/24(Mon) 23:53 No.108

skmさん、こんばんは。
 お優しいレスを書いて戴きまして嬉しいです。
  「ありがとうございます」

今日はクリスマス・イヴですね。
きっと素敵なイヴをお過ごしでしょうね。



続・三丁目の夕日  投稿者: 投稿日:2007/11/10(Sat) 20:43 No.105

自慢にもならないが、私は、昔から涙もろい。
これは精神的なものであって、眼病ではないと思っていたが、最近不思議なことになった。
右目の涙腺がさらに緩くなって、一方の左目からは、ほとんど出ない。
水道で言えば、パッキンの弛緩、あるいは、擦り切れであろう。
二つある蛇口の、片方だけがおかしくなっている。
やはり眼科に行った方が、よいのかもしれない。

毎朝、朝食を食べながら、NHKの朝ドラを見ている。
ここで、つい涙が出てしまうことがある。
人間が、一所懸命に何かをやっている姿は、美しいものだ。
それが、無償の行為、つまり金銭に換えようのない、
善意や努力であれば、なおのことである。
作り物であることを、分かって居ながら、ついその姿に、感動してしまう。

ダイニングキッチンの、私の右手に妻が座っている。
テレビを見る彼女の視角の中に、私の横顔があるから、何時もバツの悪いことになる。
私の涙は、右の目尻に流れるのである。
先日、妻が旅行に行って、一人で朝飯を食べた時は気楽だった。
心置きなく、ティッシュを使えたからだ。

本日、妻と二人で、映画を見に行った。
私達の見る映画は、肩の凝らない、娯楽作品ばかりで、
今年見たのは、「河童のクウと夏休み」「釣りバカ日誌」くらいである。
芸術祭参加作品などは、真っ平ゴメンで、ほとんど、バカバカしいものばかりだ。
知能の程度が、ちょうど吊り合うのである。

「三丁目の夕日」の続編が、公開になった。
あるネット上のサイトで、メル友の多くが、これを絶賛している。
妻に声をかけたら、珍しく、「はい」と一声、即諾した。
彼女もまた、評判を聞き知っているのであろう。

見ごたえのある映画だった。
三丁目の人々は、お人好しの善人ばかりで、貧しくはあるが、その助け合いの心が美しい。
脇役、端役の一人に至るまでが、輝いている。
私は全編を通じて、つまり、2時間半もの間、漏水を止められなかった。

不思議なことに、今日も、妻が右隣に座っている。
何の符合だろうか、思い起こせば、前回も前々回も、右だった。
幸いにして、映画館は、暗いからいい。
拭うから目立つのであって、私はもう、垂れ流すに任せておいた。

次回は、中村勘三郎が弥次さんを演じる、「てれすこ」を見に行こうと思っている。
これもバカバカしい映画らしいからだ。
今度こそ、妻と座席を入れ替えようと思っている。

「いやぁ、映画って、いいもんですね」
結論として、私はこれを言いたかっただけである。
二時間半もの間、観客を感動させ続けることが、出来るのである。

但し、それを言えば、小説だって悪くない。
作中人物の、茶川竜之介は、その書いた小説、「踊り子」によって、
一人の女性の、運命を変えることに成功している。
侮るなかれ活字を、と思った。
少し、勇気を貰ったような気がした。

明るくなるまでに、乾くと思った私の顔が、また濡れてしまった。
エンディングがまた、それぞれの人物を語って、味があるからだ。
スクリーンに幕が閉じつつ、場内が明るくなった。
見渡せば、観客の皆さんが、それぞれ照れくさそうにしている。
右隣の人もだ。
何だ、私だけではなかったのである。

大丈夫そうだ。
私は当分、眼科には、行かないつもりだ。
行くとすれば、精神科の方が、よいのかも知れない。


男の涙  投稿者: 投稿日:2007/09/20(Thu) 14:21 No.104   HomePage

「ファンの皆さんに対して、一言」
報道陣から促された古田が、微笑を浮かべつつ、遠くを見るような目つきになった。
無言のまま、その顔が次第に下を向き、やがて目を伏せた。
依然として、言葉が出ない。
そのまま、首を振った。
遂に、メガネを取って、その顔を素手で拭った。

無理もないだろう。
長く、苦楽を共にした、チームを去るのである。
気の利いたセリフが、すらすら出るわけがない。
この際の沈黙は、むしろ雄弁でさえあった。
涙も悪くない。
その胸中を語って、あまりあった。

フロントとの確執が伝えられている。
求めるところが、容れられないままの、チームの不成績は、さぞ不本意だったろう。
しかしながら、その出処進退には、潔いものがあって、何処かのおエライさんとは、
大違いではないか。
人生至るところ青山ありだ。
好漢古田敦也、再び脚光を浴びる日の、近からむことを・・・

かつて、阪神タイガースを率いた、村山実(故人)が、こう語ったことがある。
「古田を取りたい」
地元兵庫出身の、強肩強打の捕手を、放っておく手はない。
ドラフトにおいて指名すべきと、強く主張した。

これに対して、フロントの意見はノーだった。
「あいつは、目ぇが悪い」・・・この一言である。
後々まで、村山の悔しがるまいことか。
ちなみに、目のことを、関西弁では、「目ぇ」と伸ばすことを、私はこの時に知った。
フロントと監督の関係は、難しいものである。

古田が阪神に入っていたら、その後のセリーグの歴史は、少し違ったものになったろう。
阪神の優勝回数は、幾つか増えていたと思われる。
しかし、今さらであろう。
野球に、「れば」「たら」は、禁物なのである。


子ども会のちまき作り  投稿者: 投稿日:2007/06/10(Sun) 22:53 No.102

今日は、和田の子ども会の行事”ちまき作り!”に参加しました。
田舎は月遅れで行事を行うことが多い。・・
「端午の節句」も6月5日なのだ。

集まったのは26名の元気で可愛い子供達と若いお母さん。・・・
小さな公民館は溢れるばかりだ!・・・

実行委員のロートル達も大張り切りで、「たこ焼き」をいっぱい
焼いた?
(何時の頃からか、子ども会に「たこ焼き」は欠かせないものと
なった。)

ちまき作りは在宅福祉委員の5人の方々の指導で、若いお母さん
達が不慣れな手つきで手伝いをしました。・・・・

こうして、”ちまき作り”は若い世代に受け継がれて
いくのかな〜?・・・
コレも「美しい日本」の立派な伝統の継承ですね!・・・

ちまきは、子供達が元気に、すくすくと成長するようにと作
るんですが、老人会の一人一人にも届けます。

子供は、老人会の皆さんにお手紙を書きました。・・・・

絵を書く子供、文章を書く子供、いろいろです。
未来の画家や文筆家が出てくる予感も?・・・・

みんな揃ったところで食事会のはじまりです。・・・

「ちま〜き♪ 食べ、食〜べ♪ 母〜さんと♪・・・」

ちまきを3つと、何故か?のたこ焼き、お腹いっぱい食べて、
元気に「端午の節句」を祝いました!・・・

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